Ⅱコリント12:5~10 「弱さを誇る」

「行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」10節

 「弱いときに強い」との逆説的なことばは、キリスト教がそもそも強者の立場に立っている 宗教ではありませんから 、あまりにも当たり前に理解されているかもしれません。しかし、誰しも 弱いときには弱音を吐きたくなります から、このことばは弱ったときには力強く感じます。

 キリスト教が世界に広まるにはパウロの存在、影響が大でした。 でもかれは肉体にトゲが与えられて、その辛さの中で、神の愛によって生きることを宣言しています。

 私はこの3週間、なかなか治らない風邪のため、苦労もしましたし、苦悩の日々を送らざるを得ませんでした。

 それに、身近で、癌の闘病の最中に居る人たち、家族を突然亡くした方々の悲しみ辛さも加えて重たい空気に影響を受けていました。日常的にも大変でした。

 しかし、そこから逃げずに留まりつつ、今、何をすべきかを模索すること、そこで、なすべきことをするしかないことも改めて気づかされました。 今は亡きジョン・マッキントッシュ、ベス・マッキントッシュ宣教師のお嬢さんお二人が本日、この教会の礼拝に参加されています。

 直木賞受賞の若い作家の西加奈子さんの、乳癌の闘病記を紹介します。「くもをさがす」という闘病記も出版されました。

 西さんはカナダのヴァンクーバーに2歳の子を連れて一家で移住したときに、乳がんに罹りました。
 ジャネットさんとミラさんはヴァンクーバーと関係が深いです。なにか、奇遇、いや偶然ではないような気がします。 「キリストのために満足」とは、「にもかかわらず」、愛においてあらゆることは還元されていく、という真実を語っています。今日も、明日も。