「 涙と喜び 」 詩編126
「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌とともに刈りいれる。」5節
イエスの山上教えに
「悲しむ人々は幸いである、その人たちは慰められる」 マタイ5:4
があります。
聖書のことばには逆説が多いです。
詩編126編は、バビロン捕囚から帰ってきた民が、荒れ果てた土地を前に涙を流
しながらも、希望を捨てずに種を蒔いた姿を歌っています。
涙は弱さではなく、涙と共に蒔かれる種は実を結び喜びの中で刈り入れるのだと
聖書は語ります。
少し古いですが「ライフ イズ ビューテイフル」という素晴らしい映画があります。
題名は楽観過ぎるかも知れません。はじめに観た時、ただ素晴らしい、感動した
だけでは済まされないと自問自答した映画でした。
ユダヤ人ゆえにナチスによって殺されそうになった父と子。
父親はどうにかして5歳の息子を生かすために、一芝居を打ちます。
「これはゲームだ」と、言って危機的なところをすり抜けるようにして魔の手から
息子を救います。
しかし、父親は射殺されてしまいます。子供は生き延びて母親と再会するという
ストーリーです。
個人な結論としては『絶望のなかに希望を見い出せるか』『希望のエッセンスだけ
を次世代に渡せるか』というテーマがあると思います。上記の聖句に相応しい映画
だとはいえませんが。
涙、種、喜んで刈りいれる。 この3 つのことを胸に刻んで、とこの聖書は伝
えています。その種は愛です。 わたしたちの日常の状況の中で、涙の中で種を
蒔くとは? 刈り入れは必ずできる、と信じて毎日を送るには?
なにもしないでははじまりません。それには技術(アート※)が必要です。
希望を抱いて、1人ひとりの日常の中での工夫と努力にかかっているのではないで
しょうか。
※ E フロムの「愛するということ」の原題は「The Art of Loving」Art は技術です。



