「語り続けよ」 使徒言行録18:5~11

「恐れるな。語り続けよ。黙っているな 」9 節

 私たちは言うべき時に、黙っていることがある。恐れが私たちを止めている時
がある。自分は正しいと思うことを言うと組織(一番小さな組織は家庭)から
疎外される、それを恐れて黙る。

 聖書のあちこちに「恐れるな」が書かれています。恐れと抗って生きた人々の
ことを聖書は伝えてきました。
 信仰とは平穏なときにはボヤっとしているけれども恐れのあるとき試されま
す。何故の沈黙か。実は沈黙の中でも、ほんとうは心の底では、納得しないでい
ることがあります。

 「黙っているな」の内容はこの聖書では、イエスのことをすべての人たちに伝
えよと、ではあるが、現代を生きる私たちの場合は「愛」を語るよう促されて
いるのではないか。そうすれば、私の持っている以上の力が働くことも経験して
はいないでしょうか。

「この町には、私の民が大勢いるからだ」10 節

 このイエスの言い分はなんと人間臭いことか。と思われるけど、考えてみれば
わたしたちも現代に生きて、イエスの民が大勢いることの意味を考えてみると、
キリスト者のみでなく愛の神の生き方をイエスのように実践している人びとの大
勢いることに気がつく。それがわかると力づけられ、恐れは消えていくように思
える。

 そして、今の私たち個人にとって語り続けることとは何であろうか。
 今日は、沖縄で長く抵抗運動に加わっておられた朴洪奎(パクホンギュ)さん
が島根からいらっしゃいました。礼拝後、具体的に沖縄のことも聞けます。

 またもう一人、金美優さん、去る1日(木)に素晴らしいソプラノのリサイタル
をやり遂げた方も今、一緒に礼拝に参加しておられます。
 最後のご挨拶で、30 年前、夫は自死でしたと明かしました。4 年前にステージⅣ、
余命6 カ月と言われ、厳しい抗がん剤治療を数か月続けるも、「生きることは
こうではない」思い、途中で止めた。3か月ほどして医師のもとへ行ったら、なん
と癌は消えていました。

 この教会を会場にして11月末に、夫と息子が自死をした方のお話を伺います。
彼女は自死への偏見をなくしたい、それを「語りたい」と。翻って、自分は何を語
りたいのか、整理してみましょう。
私たち一人ひとり、語りたいことを臆することなく語っていきましょう。