「 すべてを新しく 」Ⅱコリント5:16~18

「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」8節

 

 新しくなりたい、新しくしたい、との願いを持つのが私たちです。 でも、正月3日も過ぎるとその新しさを望みつつもすでに 特に新しさはないのだ、とあきらめてしまう自分もいます。

 クリスマスによって神の愛の確かさを再確認し、できるだけ誠実に生きることにした私たちは
① 神は愛なり→愛は神なり ?天の国は今、ここにあり、と心から思って、新年を生きてゆくものとなりたいです。

 難しいことに出会ったとき、それが自分のなかではどんなに烈しく起こっていても、それを他者との分かち合うことはできなのです。
 理由はそれらがすべて、私たちの内なる世界で起きた事件だからです。

 明石海人(カイジン)さんの言葉
 「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない」 これは、わたしも会ったことのあるハンセン病の方たちの住む長島愛生園の 近藤宏一さんが、失明と四肢障害に苦しみながら詩も作り、楽団を作れたのは、また最後まで希望の灯を絶やさずにおられたのも、明石のこの言葉があったからだという。『闇を光に ハンセン病を生きて』から。 折々のことば 鷲田 清一 2851より

 すべてを新しくしたいという願望は誰にもありますが、他に頼るのではなく、自分の中からはじめるのが一番でしょう。その自分が大いなる存在と繋がっていればのお話です。
 キリスト教でない方はこの「キリスト」に戸惑うかもしれません。キリスト=神の愛と置き換えて読んでみてください。

 新年にあたり、2025年はどんな年になるか不確かですが、まずは自分の心を安定させ、近くに居る人たちと自分のこころ、考えを分かち合いながら 生きましょう。それがひいては暗い過去と決別して前に生きることに繋がるのです。

 難しいことに出会ったとき、それが自分のなかではどんなに烈しく起こっていても、それを他者との分かち合うことはできなのです。
 理由はそれらがすべて、私たちの内なる世界で起きた事件だからです。

 明石海人(カイジン)さんの言葉
 「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない」 これは、わたしも会ったことのあるハンセン病の方たちの住む長島愛生園の 近藤宏一さんが、失明と四肢障害に苦しみながら詩も作り、楽団を作れたのは、また最後まで希望の灯を絶やさずにおられたのも、明石のこの言葉があったからだという。『闇を光に ハンセン病を生きて』から。 折々のことば 鷲田 清一 2851より

 すべてを新しくしたいという願望は誰にもありますが、他に頼るのではなく、自分の中からはじめるのが一番でしょう。その自分が大いなる存在と繋がっていればのお話です。 キリスト教でない方はこの「キリスト」に戸惑うかもしれません。キリスト=神の愛と置き換えて読んでみてください。

 新年にあたり、2025年はどんな年になるか不確かですが、まずは自分の心を安定させ、近くに居る人たちと自分のこころ、考えを分かち合いながら 生きましょう。それがひいては暗い過去と決別して前に生きることに繋がるのです。