「 この身で生きる 」 Ⅱコリント12:7~10
「わたしの恵みはあなたに十分である。 力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」9節
最近、ご自分の辛い経験を公にしていた伊藤詩織さんが、映画の製作をやり遂げたのですが、いろいろと不都合なところが露呈して、批判を受け、米アカデデミー賞にノミネートされても日本では上映禁止になっています。
わたしたちは誰しもが何等かの複雑な人間関係の中にいます。良好であるときもあれば、とんでもない誤解や中傷にさらされるときもあります。だからこそパウロが受け取った神からの言葉「わたしの恵みはあなたに十分である。 力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」9節 は、弱さを身に負っていても、にもかかわらず、いや、だからこそ、上よりの恵の確かさをしみじみ感じとるのではないでしょうか。
エリザベス・キューブラ・ロスがこのように言っています。
「人間関係に間違いというものはない。事態の全ては、なるべくしてなるべきように展開する。最初の出会いから最後の別れの言葉まで、わたしたちは互いに関係の中に居る。関係をとおして自己の魂の存在を学び、魂の豊かな構造を学び、自己を癒しへと導くことを学ぶ。愛の関係において先入観から生まれた自分だけの備忘録を手放したとき、わたしたちは誰を愛するか、いつまで続くかといった疑問を退ける。私たちよりはるかに偉大な能力によって、私たちのために創造された不可思議な愛を見つけるために、そのような限界を乗り越えるのだ。」ライフ・レッスン エリザベス・k・ロス 107~108頁
今日、お誕生日を迎えた方がいます。主日にここで、共にお祝いできることを嬉しく思います。一つの寓話を紹介させていただきます。
「ある町の小高い丘の上に寺院が建てられました。町の人たちに、「日々負っている 重荷を持っていらっしゃいませ。」という嬉しいニュースが届きました。人びとは袋に 自分の重荷を詰め込んで寺院へと向かいました。着いたところで「皆様のお荷物をそこ のフックにお掛けください」と。楽しいひと時を過ごした後に、「お帰りにはお土産を お持ち帰りください」と。つまりフックに掛かっている荷物が土産だというのです。参 加者はどの荷物を持って帰ろうかと悩みます。ただ、どの袋も悩み事が入っているのを 知っていますから、それなら慣れ親しんだ自分の物を持ち帰えろうということになった 。」
ここまで来た人生は平坦ではなかったとしても、「今」に耐え得る力は誰しもが十分に与えられているのではないでしょうか?