「 逃れる道 」 1コリント10:13~14
「神は試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えて下さる。」 13節
聖書をよく読んでいる人はこの箇所を知って窮地に陥った時も支えられて
います。 敵前逃亡という言葉があります。逃げることが良くないと思わされ
ている私たちです。でもそうでしょうか。
本日のテキスト、13節から14節
「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかっ
たはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わ
せることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備え
ていてくださいます。わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼
拝を避けなさい。」
神が備えてくれる逃れの道があるから、試練の中で偶像(お金、ギャンブル、
その他自分をのめりこますものなども含めて)に自分の魂を預けるな、という
警告です。「置かれた場所で咲きなさい」のシスター渡辺和子さんのベストセラ
ーがありました。 真逆のもあります。たかのてるこさんは4 冊の小さくても内容
に深い本(小冊子)を出しています。その中で「逃げろ、生きろ、生きのびろ」
という本があります。「こころがおれるくらい苦しければ 逃げていい。生きる
ことが仕事だから。」と言っています。 どこかにピタッとはまったままいる人
の方が気をつけねばならないかも知れません。他への関心を持たないで、視野
が狭まり、そこでの価値観にとらわれたままになっているかも知れません。
ただ、逃れの道に進むには大事なことがひとつあります。「自分との和解」
ができているかどうかです。なんでもない家族間の会話にしろ、少し面倒なこ
とが起きたら、他者に責任をなすりつけるのではなく、まず自分を客観的に観
察する必要があります。私は、岡田虎二郎の静坐に出会って、キリスト教の素
晴らしい面を再確認しています。10代のはじめから、クリスチャンとして育った
中でいつも「真理」とは何かと自問していました。
「真理はあなたたちを自由にする」 ヨハネ8:32 に出会いました。
真理でないものは何かというと、一見、よさそうに見えているものもこの自
分をより自由にしていえるかどうかが、決めてになるかもしれません。
「愛には直面できないことはない。(There is nothing love cannot face. )」
Ⅰコリント13:7「愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべて
を耐える」のNew English Bible 訳です。
逃れの道があることを困難な日々の中で忘れないでいたいものです。



