「 イエスに倣(なら)って 」 ヨハネ13:14~15

「あなた方も互いに足を洗わなければならない」 14節

 本日はOY さんの受洗式があります。
 人はなんのために生きるのかという問いへの一つの答えは、「人としてお互い
に思いやって生きる」ということがあります。

 キリスト者はイエスに倣ってお互いが仕え合うという存在でしょう。この時、
イエスに出会う道に導かれることも、釈迦の教えにひかれて仏教へとつながる
方もおられます。

 神奈川に洗足学園音楽大学というところがあります。この箇所からの命名で
す。イエスが弟子の足を洗うところです。
 当時、足を洗うのは奴隷の仕事でした。ましてや師が弟子の足を洗うのは異
例のことです。他の宗教、仏教でも、イスラム教でもヒンドゥー教、ユダヤ教
でも師が弟子の足を洗うということはありませんでした。
 この行為は愛、謙遜、奉仕というキリスト教の弟子道の核心でもあります。
 愛と高い倫理を持っていれば、入口がちがっていても、どの宗教も行きつく
ところは同じで、無条件の神の愛を伝えていると思います。

 OY さんはこの教会には10年前に合同合併教会としてスタートしたころ
から通っておられ、昨日が傘寿(80歳)のお誕生日でした。ご本人が長年気
にしておられたご家族も同意して参席されて、とても祝福された受洗式となり
ました。小さな会堂がいっぱいになりました。

 今日の受洗式ではすでに信仰告白をして教会員となった人も、イエスのこの
行為からなにが一番たいせつなことかを改めて認識する時となれば、と思いま
す。イエスは613あったユダヤ教の戒めをたった2つに絞りました。

 神を愛すること、と自分を愛するように隣人を愛すること。

  いつも申し上げていることもう一度。人生を自分らしく生きるには、
 しあわせせ(仕合せ)のゴロ合わせを思い出しましょう。
 し(焦点を絞る)  あ(愛を愛する)  わ(私と和解)  せ(聖霊によって成
 長)

 ともに、自分を愛し、お互いを愛し、信頼しあって教会生活を続けて行き
ましょう。