「聖誕の日」(ガラテヤ4:1~7)

「しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、 しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。」(4節)

クリスマスには馬小屋で生まれたみどりごイエスの様子、3人の博士の到来 などクリスマスカードとして絵になって美しい画像が浮かんできます。

しかし、原語でみても福音書より先に書かれたパウロの書簡ではただ、女、グネ イになっていますし、福音書のおとめはパルセノスとなっています。

また聖なる誕生があるとしたら、卑しい誕生があるのでしょうか? イエス・キリストがこの世にあらわれたのは、誰一人として神の愛から漏れてい ないという宣言のためであります。それなのに、現代のクリスマスはあまりにも 浅く、表面的なお祭り騒ぎになってしまっています。しかし、皮肉なことに今年 は新型コロナウイルスの感染症の恐れの中で、神の子の聖誕を祝う意味が深く問 われているのです。

「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出す。」これは当教会の今年の標語 です。私たちは恐れからか、愛からかどちらの動機から行動する人なのでしょう。 神の子でありながら、わたしたちを「控えめに待つ方」となるにはその赤ちゃ んは低きに降り、一人の女から律法の下、人の普通の営みの中に生まれねばなら なかったのです。

幼子の誕生の時期なので耳にしたルポが気になって、イッキに読みました。 「こどもホスピスの奇跡」石井光太著 大阪の鶴見区に5年前、民間のこども ホスピスとして生まれた「つるみこどもホスピス」。 小さな子供が癌をはじめ治 らない病気に襲われ、医療者の熱心な関りゆえに、過酷な検査や治療という名の もとに、耐えがたい痛みで苦しみます。それに疑問を持った医療関係の人を中心 にして、民間の企業人の援助を受けながら、出来上がったホスピスです。 短い人生の「最期」をつくる、「やってあげられることはすべてする」という場 所です。余命少ない子供たちが辛い治療から離れ、やりたいことをのびのびとや り、家族と生涯忘れえぬ思い出を作る。そんな短くとも「深く生きる」様子が書 かれています。「深く生きる」との言葉の重みを誰しもが考える時です。

そうです。聖誕の日はイエス・キリストのことと同時に私たち自身のことを覚 える日なのです。ですから感謝して心からメリー・クリスマス!と祝いましょう。