「 自由にする真理 」  ヨハネ 8:31~38

 あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。32節

 ウクライナ情勢が言葉の応酬でどのようになるか、不安要素が拡大している状況です。どうして、人は2度としてはならならないのが戦争だ、と学習しているはずですのに、世界のどこかで今日も悲惨な戦いは続いています。

 心にまことの自由がないため、抑圧、搾取、支配がおのれの虚しさを埋めてくれると錯覚を起こしているのでしょう。戦いを続けるとやりかえさせられる、という恐怖が募ります。延々と恐れのスパイラルにはまるのです。恐怖は愛を遠ざけてしまいます。

 マハトマ・ガンジーは「人はなぜ心に恐れを抱くのか。それは、自分の魂の力を、真理の力を信じていないから。しかし、信じる心は理性の力で得られるものではない。それは、自分自身のためではなく、他人のために働き続けることで、ゆっくりと自分のものになる」『ガンディー魂の言葉』より

 「恐れ」を心に抱いているのは自分の魂の力、真理の力を信じていないからである、と言います。また、信じる心は理性によるのではなく、他人のために働き続けることで、「ゆっくり」と自分のものになる、とも。このゆっくりも現代人は苦手です。より早く、迅速に物事が進む方へと駆り立てられています。

 真理のための受難は無駄なことと、あきらめてしまう時もあります。
しかし、1年以上にも及ぶ民主化潰しの軍部の獰猛な圧力に闘っているミャンマーの人々のことを思うと、以下の言葉がまこととなりますように、と願わざるを得ません。

 「真理のための受難は、崇高なる勝利への勇気なり。」ジョン・ミルトン『失楽園』 すでにこの受難のなかにこそ勝利の勇気がたたえられています。
イエス・キリストは本日のテキストの後に「わたしは父(神)のもとで見たことを話している。ところが、あなたたちは父から聞いたことを行っている」と言っています。

「信心」と「信頼」は別物です。神(愛)に信頼をおけるよう私たちは日々、些細なことの中でもできるこの真理探究を続け、まことの自由を少しづつでも実感していく幸せを味わいたいものです。